~歳月人を待たず~

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高崎・一貫堀川の源流?を調べてみた(未解決)


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はじめに

はてな読者の方々へ、先にお断りだが、今回の記事はローカルネタなので、万人受けはしないと思う。

どちらかと言うと、廃線や気になった場所の散策記事みたいな感じで、一部の人には刺さる、かもしれない。

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「一貫堀川」との出会い

群馬県高崎市の市街地に、一貫堀川という小さな川が流れている。

『国土数値情報河川データセット』(NII作成) 「国土数値情報」(国土交通省)を加工

URL> https://geoshape.ex.nii.ac.jp/river/resource/830303/8303030726/

高崎市大橋町を起点として、最終的には市内で井野川に合流し、その先は烏川(からすがわ)・利根川へと続く流れである。

最近の有名どころで言うと、高校野球の優勝経験校である、健大高崎高崎健康福祉大学高崎高等学校)及び、健康福祉大学の南側を流れる川である。

ちなみにWikipediaに一貫堀川に関する情報はない。ネット上でもあまり情報はない。

Googleマップ高崎市街地の地図を見ていた際にたまたま見つけ、それ以降、少し気になっていた。

特に、市街地の幹線道路から突然始まる源流について、大いに興味を持ったという次第である。

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(もののついでに)現地調査してみた

先日、高崎市内の軌道敷地跡を見にいったついでに、一貫堀川の源流のような場所にも訪れた。

ちなみに軌道敷地跡については、別記事で触れているので、ここでは割愛する。

saigetsufutai.jp

確かに川はあったのだが、源流というより暗渠(あんきょ)になっており、更に上流がある模様。

一貫堀川と暗渠部分

個人的な感覚としては、写真奥に写る店舗兼住宅の下を通っているのか、もしくは写真内で車が走っている県道25号(旧・三国街道)の下を流れているようにも思える。

ちなみに今日、写真を改めて見たら、川そばに立つ標石に「一級河川指〇区間起点 群馬県」と書かれていることに気付いた。

(〇はフェンスで隠れているが、「指定」と推測される。)

先の写真より標石を抜粋

現地に行った際、柱には気付いたが、道路側には何も書かれておらず、敷地範囲を示す柱か何かかと思った。

川に向かって書いてあるとは想定外。誰向け?

なおこの一貫堀川は、過去に水害をもたらしたことがあるそうで、これに伴い「一級河川指定区間」として県が管理しているようである。

ちなみに反対側は、普通の住宅地。

一貫堀川に迫る住宅地

写真奥に行くに従い、道は更に狭くなり、そして道がなくなる。こんな狭い川にここまで住宅地が迫れば、そりゃ大雨による浸水リスクは高まるであろう。

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改めて地図を確認する

一貫堀川の「一級河川指定区間」としての起点は分かったが、川の水量がそこそこあるので、源流はもっと先にあると思われる。

先の「国土数値情報河川データセット」で上流側を探るべく、改めて見る。

『国土数値情報河川データセット』(NII作成) 「国土数値情報」(国土交通省)を加工

URL> https://geoshape.ex.nii.ac.jp/river/resource/830303/8303030726/

画像にも吹き出しを書いているが、地図の北西(左上)から南東(右下)に向けて蛇行しているのは、川ではなく「長野堰(ながのぜき)」と呼ばれる用水路。詳細はWikipedia情報でも参照して欲しい。ここでは深く触れない。

一貫堀川(画像内、緑字の北高崎駅「高」と「崎」の間にある川)の上流方向を想像しながら先を見ると、どうも画像左寄りにある「文」の記号(小学校)の東側か南側あたり、長野堰から地下で分水しているように見えなくもない。

権利上の都合で当記事では直接載せないが、Googleマップ衛星写真を見ても、影が多く、どうもよく分からない。

現地を見に行くのが手っ取り早いが、出来れば当件単体ではなく、他にも目的が欲しいところ。要は現時点で調査予定なし。

このため調査方法を変更し、過去の情報をさかのぼるべく、ネット上で公開されている古地図に頼ることにした。

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(ネット上の)古地図を確認してみる

参照したのは「今昔マップ on the web」というサイト。

出典:「今昔マップ on the web」(C)谷 謙二

URL> https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=36.337962&lng=139.002371&zoom=15&dataset=kanto&age=0&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2

左右に分割された画像のそれぞれ中央付近、JR信越本線北高崎駅の西側で、ちょうど地図の区切りに当たるのか、古地図が一部切れているようにも見え、視認性が悪い。

だが少なくとも今から100年以上前、1894年~1915年の地図を見ても、それぞれの地図中央を南北に縦断する旧三国街道(現・県道25号)の西側に、一貫堀川らしき川筋は見えない。

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ネット上で調べられる範囲での限界

これ以上はネットでは分からない。

市内の図書館で古い書物を当たるか、国土交通省のほかの公開資料を当たるか、現地の情報に詳しい人に聞いてみるか、ということになるのであろう。

だが個人的に、地元民でもないし、これ以上追及してもさほど意味を見出せないため、これ以上の労力は使わない。

まあせいぜい高崎市内の図書館で調べる程度かと思う。

あとがき

どれだけインターネットが発達しようとも、誰かが文字や映像として記録を残していなければ、たとえインターネットと言えども情報は残らない。

特に、インターネットやパソコン通信が一般に利用される以前の話となると、更に情報を集めにくくなる。

今回の件を通して、改めてネット上にある情報が全てではないと感じた。


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