先日、茨城県内の水族館に行ってきた。
現地に到着したのが正午前だったこともあり、水族館に入る前に、併設されているフードコートでお寿司を食べた。

観光地ならではの特別を少し期待していたけど、出てきた商品が、近所のスーパーよりも少量で高いお寿司パックだった。
え?この少なさで1,500円?というツッコミは確かにある。
だけど、今回の本題はそこではない。
使い捨て容器の多さである。
【目次】
改めて思った石油由来品の過剰な多さ
お寿司のトレーに、お味噌汁のお椀。おしぼりの袋や醤油パック。
食べ物とお箸以外は、ほぼ石油由来品である。
しかも食材を運ぶお盆(トレー)を除いて、全て使い捨て。
洗い物を減らすことで、人件費と作業面積、強いてはテナント賃料を減らす意図があるのだと思う。
あと、もしかしたら排水・浄化設備を減らす意図もあるかもしれない。
だけど、1人分でこのプラスチック容器の量なので、大勢の人間が来る観光地ともなると、相当のプラスチックごみになりそうだと思うと、少しゾッとした。
なお、石油由来品を使い捨てる場合と、洗い物をする場合で、どちらのほうが環境負荷がより小さいか。考えると別の話になってしまうので、また機会があれば。
過去の「石油依存からの脱却」
私と同世代、もしくは上の世代であればご存じかと思うけど、私が小中学生だった1970~80年代の頃は、石油はあと2~30年で枯渇するとも言われていた。
あの当時流行ったアクション映画「マッドマックス2」では、まさに石油がなくなった時代の争奪戦を描いていた。
ちなみに「マッドマックス2」は、漫画「北斗の拳」の世界観にも影響を与えているけど、詳細は割愛。
あと私は本編を全て見ていないけど、「機動戦士ガンダム00(ダブルオー)」でも、太陽光エネルギーや太陽炉による石油依存からの脱却が進んだ結果、貧困化した中東地域が描かれていたと思う。
ただ現実には、石油の枯渇はなかったし、思ったほど石油脱却も進まなかった。
理由として、石油の掘削技術の向上や、新たな油田の開発など、思ったより石油の埋蔵量が増えたため。
このため、いつしか石油依存からの脱却が忘れ去られた感じがある。
そして気が付けば、私が小中学生だった頃よりも、更に石油依存が酷くなったように思う。
改めて石油依存からの脱却を考える
今の石油危機は、はっきり言ってアメリカとイスラエルの愚策が招いた結果である。
(実際には愚策だけでは済まず、罪のない大勢の民間人が巻き添えになって命を落としている。)
ただ、きっかけは何であれ、ここで改めて、石油依存からの脱却を考えるべき時期に来ているように思う。
ちなみに、原始時代まで文明を戻す必要はないとは思ってる。
あくまでも前向きに考えて、文明レベルを上げつつ、無駄な物や過剰な物は減らし、いずれ無くす方向で十分だと思う。
例えば、昭和の豆腐売りじゃないけど、容器だけ持って行って、食品を買って持ち帰る感じ。
昭和的な量り売りも復活できれば良いかな?と思う。
実際、ずいぶん前からの話になると思うけど、一部のコーヒー専門店であれば、マイタンブラーを持っていけば、コーヒーを入れてもらえるようになっていると思う。
私自身も、ゴミ箱用の小さなゴミ袋を使いつつ、更に市指定の容量の大きなゴミ袋に入れるという二重包装的な事をしていたので、最近は1袋にまとめるようにしている。
なお、紙コップだから原材料は紙だけかと思いきや、実は撥水・防水効果を高めるために石油由来品でコーティングしている場合もあるので、原材料にも注意が必要。
一気にやると大変だけど、出来ることからコツコツと、改めて石油依存から脱却できれば良いかなと思う。
そんな感じで、今回は少し真面目なお話で。
では。