~歳月人を待たず~

カメラ・写真関連はマイクロフォーサーズとフィルムが好物。ほか雑談が多め。

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将来的になくなりそうな風景/堤ヶ岡飛行場跡地(群馬県高崎市)


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うちからショッピングモールに行く道中、赤城山の全景が見える広い農地がある。

実は今、この広大な農地を整備して、シリコンバレーを越える様な一大IT拠点を作る話が持ち上がっている。

カッコ良さそうな横文字にすると、いわゆるスマートシティ。

細かな話については後回しにして、まずは現状の写真でもどうぞ。


【目次】


2026年3月時点の風景

農地のど真ん中を縦横に走る道路から赤城山方面を撮影。

榛名山方面を撮影。中央付近に見える建物はイオンモール高崎。

農地内の道路は地域住民の散歩道のほか、車の抜け道にもなっており、地味に交通量が多い。

休耕地にあった井戸。遠景には線引きされたように住宅地が並ぶ。

農地になるまでの歴史を解説

現地民ではないため、私の知りうる範囲での話になるけど、ここには第二次世界大戦の前後にかけて、旧日本軍の飛行場があった。

第二次世界大戦後、GHQの命令により飛行機が全て解体され飛行場も閉鎖されたのち、土地は農地として売却され、今に至る。

元々が飛行場だったため、広大な農地として残っている。

ちなみに、先日足を運んだ 洞窟観音・徳明園 の創設者、山田徳蔵氏も関わった団体が複葉機(飛行史初期のプロペラ機)を購入し、高崎号と名付けて付近を飛行していた話が、山徳記念館の展示資料に残っている。

saigetsufutai.jp

そもそも、飛行場跡地をじっくり確認しようと思ったきっかけが、山徳記念館の資料だったりする。

なお、飛行場から農地に転用された経緯は、現時点で詳しくないものの、自治体としても元々何か考えていたのか、飛行場跡地の周りがどんどん宅地化されていくなか、飛行場跡地だけは、完全な農地として今に残る。

まあ近くに水量の多い川もなく、水面より高い台地だったため、そもそも農業に向かない、住むにも向かない土地だったのかもしれない。

(これ書いてて気付いたけど、他の地域、特にうちの周辺に比べて用水路が細すぎる。なさすぎる。)

今後について

公開されている情報で知る限りだけど、堤ヶ岡飛行場跡地の活用に関して、 2023年(令和5年)3月に、群馬県知事と高崎市長の最初の合同記者会見で発表されている。

www.pref.gunma.jp

PDF化された基本構想の資料が見たい方は、高崎市役所のwebサイト上に公開されているので、下のリンク先からどうぞ。

www.city.takasaki.gunma.jp

冒頭でも触れたように、飛行場跡地の広大な農業用地を活用して、群馬・高崎にシリコンバレーを越える様なスマートシティを作るという構想になっている。

スマートシティ化の是非については、ここでは触れない。

ただはっきりしていることは、いずれこの広大な農地がなくなり、跡地から赤城山や榛名山の全景が見えなくなるだろうということ。

まあ他にも赤城山の全景を見渡せる場所はあるし、どういう建物が建つかにもよるけど。

あとがき

平地で農業の盛んな地域でないと、遠くの山すそも見える広大な風景は見れないと思う。

特に群馬は、景観が良くても送電線と鉄塔で全部ぶち壊し、みたいな場所も結構あるので、送電線のないこの飛行場跡地は、けっこう貴重な場所のようにも思える。

なお、飛行場跡地の農地には、車を止めるスペースがなく、抜け道になっている関係で交通量が地味に多く、道路が狭いにも関わらず3ナンバーのSUV車やトラックがバンバン通るので、現地訪問時はご注意を。

では。


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